壱岐のもの発見
皆様、お疲れ様です。 ここ最近は、福岡市内で「壱岐のもの」を探し回っていて、少しでも壱岐に関連した情報をお届けできればと思っています。そんな中、福岡市中央区の六本松交差点付近にあります、「壱岐の島」さんにお邪魔してきまし…
皆様、お疲れ様です。 ここ最近は、福岡市内で「壱岐のもの」を探し回っていて、少しでも壱岐に関連した情報をお届けできればと思っています。そんな中、福岡市中央区の六本松交差点付近にあります、「壱岐の島」さんにお邪魔してきまし…
いつも沢山のご愛顧を頂き誠にありがとうございます。 現在、壱岐牛専科・牛肉研究所の商品としては、壱岐牛生ハンバーグ150g・壱岐牛サーロインステーキ250g・壱岐牛リブローススライス500gがございますが、直近で壱岐牛ロ…
いつも沢山のご愛顧を頂きましてありがとうございます。 今回は、壱岐牛生ハンバーグに巻かれている帯紙についてのお話になります。 まず、当ショップは壱岐牛を100%使用した商品第一弾として、生ハンバーグを開発致しました。そこ…
牛肉研究所による第一弾の商品として壱岐牛生ハンバーグがございます。商品化して販売に至るまで様々な事がありました。約1年と3か月…..長い長い歳月がかかった中で完成した時の喜びはひとしおでした( ノД`)シクシ…
いつもご愛顧いただきありがとうございます。 まだまだ壱岐牛専科・牛肉研究所は駆け出したばかりのショップになります。少しづつになりますが希少性がある壱岐牛を沢山特集して一人でも多くの方に「壱岐牛は美味しい」をお伝えできれば…
食肉は、肥育農家が出荷する時は生きてる生体として出荷しますが、と畜場でと畜解体され、枝肉としてセリに出します。 枝肉歩留まりって何? 枝肉になるときにたくさんの副産物が出ます。 生体から精肉まで、大きく形態を変化させなが…
昭和初期 昭和初期、太平洋戦争が勃発した昭和16年ごろになると、食料不足により牛肉の出回りが悪くなりました。大都市では食肉の配給は難しくなり、昭和20年の太平洋戦争敗戦直後の食糧難時代には、日本は貧しく食肉を手に入れるこ…
【大正時代】 明治時代後期から大正時代にかけて、食生活はますます欧米化し、豚肉や牛肉は一般家庭に浸透していきました。肉料理はハイカラなものとして普及し、ハムやソーセージなどの加工技術が欧米から伝えられ、食肉加工食品も盛ん…
明治五年初めて明治天皇が牛肉を食す 日本人は、明治時代以前は牛肉をたべる習慣はなかったそうです。日本人が初めて牛肉を食べるようになったのは明治時代。明治2年(1869年)に海軍が栄養をつけるために牛肉を食べることを採用し…
明治時代までは日本人はお肉を食べていなかったのか? 【弥生時代】 弥生時代の後期から、運搬や農耕に必要だった牛や馬ですが四方を海に囲まれている日本は魚が豊富だったので、肉を食べるという習慣は定着しませんでした。 【古墳時…